『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が、とんでもない勢いで興行収入を伸ばしています。
7月24日の公開から31日間で、観客動員766万人、興行収入110.5億円を突破。
初日だけでも9.9億円、公開3日間では22.4億円を記録しました。
しかも面白いのは、映画の原作となった「セイレーン編」を多くのファンがすでに知っていることです。
結末まで知っている物語なのに、なぜこれほど多くの人が映画館へ向かうのでしょうか。
東洋経済オンラインでは今回のヒットを「X直送型」と表現しています。
この言葉は業界の正式用語ではありませんが、『ちいかわ』の強さを考える上ではなかなか分かりやすい考え方です。
公開31日で110.5億円、途中から勢いが再加速
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、全国447館で7月24日に公開されました。
公開3日間で興収22.4億円という好スタートを切り、10日間で44億円、20日間で80.7億円、24日間では92.8億円まで伸長。
そして公開31日間で110.5億円に到達しました。
さらに特徴的なのが、普通なら徐々に落ち着いてくるはずの週末興収が途中で再び伸びていることです。
8月8日から入場者特典第2弾の配布が始まった週末には約17億円を記録。
8月22日から第3弾が始まった週末も12.42億円を稼ぎ、前週を上回りました。
もちろん「すべて特典のおかげ」とまでは断定できません。
ただ、ファンが繰り返し劇場へ足を運ぶきっかけになっているのは間違いなさそうです。
そもそも「X直送型」って何?
『ちいかわ』は、もともとナガノ氏がX(旧Twitter)へ投稿していた漫画から始まった作品です。
その後、単行本、グッズ、テレビアニメなどへ広がりましたが、作品の中心には今もSNSがあります。
今回映画化された「セイレーン編」も、2023年にX上で長期間連載され、大きな反響を呼んだ人気エピソードです。
つまり今回の映画は、
「映画で初めて物語を知ってもらう」
タイプの作品とは少し違います。
Xで漫画を読む
↓
キャラクターや物語のファンになる
↓
長期間ファンとして作品を追う
↓
映画化されたら劇場へ行く
という流れがすでに完成していました。
東洋経済の記事がこれを「X直送型」と呼んでいるわけです。
従来のようにテレビCMなどで映画の存在をゼロから知らせ、大量の新規観客を集めるというより、ネット上ですでに育っている巨大なファンダムを映画館へつなげる構造です。
「宣伝不要」は少し言いすぎ。でも確かに普通とは違う
ここは少し注意したいポイントです。
『映画ちいかわ』が「ほとんど宣伝していない」というわけではありません。
公式サイトを見るとテレビCMやWebCM、企業とのコラボ、映画館でのキャンペーンなど、さまざまなプロモーションが行われています。
入場者特典も大きな施策です。
そのため「宣伝しなくても110億円売れた」と捉えるのは正確ではありません。
面白いのは、宣伝によってファンをゼロから作る必要がなかったことではないでしょうか。
映画が公開される前から、『ちいかわ』には作品を継続的に追いかける非常に大きなファン層が存在していました。
映画の宣伝は「知らない人へ存在を知らせる」だけではなく、
「すでに好きな人に、今度は映画館でも楽しんでもらう」
方向へ強く機能しているように見えます。
特典、お見送り上映、今後予定されている4DXや応援上映なども、その延長線上にあります。
結末を知っているのに、なぜ映画館へ行く?
もう一つ興味深いのが、原作を読んでいるファンの多くは「セイレーン編」の展開をすでに知っていることです。
それでも映画館へ行く。
ここには、単なる「続きが知りたい」とは違った価値があります。
漫画だった場面がアニメーションになり、声が付き、音楽が入り、劇中歌も実際に聞ける。
好きな物語を別の形でもう一度体験できること自体が目的になります。
そして今回の作品は、かわいいキャラクターから想像する以上に重いテーマを含んでいることでも話題になりました。
ネット上ではドストエフスキーの『罪と罰』を連想したという感想も繰り返し投稿されています。
「かわいい映画だと思って観たら、想像以上に考えさせられた」
というギャップも口コミを広げる要因になっているようです。
ネタバレを避けて言えば、単純な善悪では割り切れない部分があり、観終わった後に誰かと話したくなるタイプの作品です。
SNSとの相性が良いのも納得できます。
みらいアンテナの見方:本当に強いのは「X」ではなくファンダム
今回のニュースでは「X直送型」という言葉が目を引きます。
ただ、本質はXというサービスそのものではないと思います。
仮にSNSが別のサービスだったとしても、
長期間無料で作品に触れる
↓
ファンになる
↓
日常的に作品を共有する
↓
グッズなどを買う
↓
映画館でも作品を体験する
という流れが成立していれば、似た現象は起こり得ます。
つまり本当に強いのは「X」ではなく、映画公開よりずっと前から形成されていたファンダムです。
これまでは「映画を宣伝して観客を集める」という考え方が中心でした。
これからは、
「普段からネット上でファンとつながっている作品が、そのファンと一緒に映画市場へ進出する」
ケースがもっと増えるかもしれません。
一方で、『ちいかわ』ほど長期間にわたって高い熱量を維持できるIPは多くありません。
今回の成功をそのまま他作品が真似できるかは別問題です。
「Xで漫画を連載すれば映画がヒットする」という単純な話ではなさそうです。
今後見るポイント
『映画ちいかわ』は、まだ興行を終えていません。
9月には4DX上映、発声可能な応援上映、自動制御ペンライトを使った応援上映なども予定されています。
ここからどこまで興行収入を伸ばせるかが、まず注目ポイントです。
さらに面白いのは、今回の成功を受けて映画業界がどのように動くか。
SNSやYouTubeで先にファンダムを形成し、その熱量を映画館へ持っていく作品が増えるのか。
それとも『ちいかわ』だからこそ成立した特殊な成功例で終わるのか。
興収110億円という数字以上に、「映画をヒットさせる前に、ファンをどこで育てるのか」という部分が、今回のニュースで一番面白いところなのかもしれません。

